市役所の情報システム課では、システムや機器を発注する側にいました。
辞めて入ったWebコンサル会社では、営業として受注する側に回りました。
同じ商談のテーブルを、反対側から見ることになったわけです。
この経験は、いまでも一番役に立っています。
発注側にいたとき、分かっていなかったこと
「とりあえず見積もりだけ」の重さ
発注側にいると、見積もりは「もらうもの」です。
予算を組むにも、上に説明するにも、金額の目安が要ります。だから気軽に依頼します。
受注側に回って分かったのは、まともな見積もりを作るには、企画提案とほぼ同じ作業が必要だということでした。
何を作るのか、どこまで含むのか、誰が何を用意するのか。これを洗い出さないと、数字は出せません。ヒアリングして、社内の制作チームに確認して、工数を積む。数日かかることもあります。
それが、発注側から見ると「メール1本の依頼」に見えています。
自分がそうだったので、強く言えます。
仕様が決まっていない状態で投げていた
もうひとつ、発注側にいた頃の自分は、仕様が固まらないまま相談を持ち込んでいました。
悪意はありません。行政の場合、仕様を固めるにも内部の合意が要るので、先に相談したいという事情があります。
ただ、受注側からすると、これは一番困るパターンです。
提案を作っても、あとから前提が変わる。変われば見積も変わる。しかも発注側は、前の金額を覚えています。
「さっきより高くなってません?」となる。
これは受注側が不誠実なのではなく、前提が変わったからです。両方を見るまで、自分は分かっていませんでした。
相見積もりで、本当は何を見るべきだったか
発注側の頃、複数社の見積もりを並べて金額を比べていました。
当たり前に思えますが、受注側を知ったいまは、金額を比べてもあまり意味がないと思っています。
金額が違うのは、含む範囲が違うからです。公開後の保守が入っているのか。修正は何回までなのか。原稿や写真はどちらが用意するのか。
ここを揃えずに並べると、含む範囲が狭い会社が一番安く見えます。そして、その後で追加費用が発生します。
発注側が見るべきなのは、金額ではなく、この金額に何が入っていて何が入っていないかです。

受注側に回って、初めて見えたこと
予算が先に決まっている案件の窮屈さ
行政でも企業でも、予算は先に決まっています。
発注側にいた頃は、それが普通だと思っていました。予算の範囲でできることをやってもらう。当然です。
受注側に回ると、この「予算先行」はなかなか厳しい制約です。
本当はもう少し工数をかけたほうがいいと分かっていても、金額に収めなければ提案が通りません。結果、どこかを削ることになります。
削られるのは、たいていは公開後の運用や、公開前の検証です。目に見えにくいところから削られていきます。
安く上がった案件は、安く上がった分だけ何かが抜けている。これは、発注側にいた頃に知っておきたかったことです。
決裁が通らないと、何も進まない
これは逆に、発注側にいた経験が効いた部分です。
受注側の営業は、先方の担当者が乗り気であれば進むと思いがちです。でも、行政や大きめの組織は、担当者の乗り気と決裁が別物です。
私は市役所側で、予算を取るために何を揃えなければいけないかを知っていました。
だから、提案を作るときに「担当者が上に説明するための資料」を先に入れるようにしました。なぜ必要なのか、やらないとどうなるのか、他と比べてどうなのか。
提案書は、目の前の人に向けて作るものだと思っていましたが、実際はその場にいない決裁者に向けて作るものです。
これに早く気づけたのは、発注側にいたからです。
発注側に戻れるなら、こうする
いま同じ立場に戻れるなら、やることははっきりしています。
1. 決まっていないことを、決まっていないと伝える
仕様が固まらないのは構いません。問題なのは、固まっているように伝えてしまうことです。
2. 予算を先に言う
言わないほうが安くなると思っていましたが、逆です。予算が分からないと、受注側は安全側に寄せた提案しか出せません。
3. 含む範囲を揃えて比べる
相見積もりを取るなら、同じ前提を渡す。これをやらない相見積もりは、比べているようで何も比べていません。
4. 保守を先に考える
作って終わりのものはありません。公開後に誰が何をするのかを、発注の段階で決めておく。
いま、また発注に近い立場にいる
いまは食品会社の通販部門で、自社のECサイトを見ています。
制作を外にお願いすることもあれば、自分たちで改善することもあります。また発注側に近い立場です。
前と違うのは、相手側の中で何が起きているかが見えることです。
この案件はいま誰が抱えていて、どこで止まっていて、何を渡せば進むのか。メールを一本書くときに、それを前提にできる。
仕事が進む速度が、明らかに違います。

両方を知っている、ということ
発注側だけを長くやっている人も、受注側だけを長くやっている人も、たくさんいます。
両方を見た人は、意外と少ないと思います。
公務員から民間に出るとき、失うものの話ばかりしてしまいましたが、行政側を知っていること自体が価値になる場面は、確かにあります。
官公庁を顧客にする企業は多いです。そこでは、予算のサイクルも、決裁の進み方も、年度末に何が起きるかも、全部知識です。
情報システム課の経験を「ITの経験」として売ろうとしたとき、私は50社以上落ちました。
もしあのとき、「発注側の経験」として売っていたら、結果は少し違ったかもしれません。
発注側の経験も含めて、いまの経歴が外でどう評価されるのか。気になるなら、まず市場価値を確かめてみるのも一つの手です。
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